『漫罵』の語注
参考書籍とその略号
大修館書店『精選現代文改訂版』→「現文」
小学館『日本国語大辞典』→「日国」
小学館『日本国語大辞典 精選版』→「日精」
岩波書店『北村透谷選集』→「選集」
日国および日精の項目に『漫罵』や他の透谷作品からの引用があれば太字でその旨を示す。なお日国/日精で用例として取り上げられる文献は「その意味・用法について、もっとも古いと思われるもの」や「語釈のたすけとなるわかりやすいもの」である。
漫罵(まんば)…むやみにののしること
一夕(いっせき)…ある日の夕方、ある晩
歩(ほ)して…散歩して、歩いて
銀街(ぎんがい)…銀座のこと
第二橋(だいにばし)…もと築地川にかかっていた三原橋のこと
都城(とじょう)…都市、街中
繁熱(はんねつ)…『街のにぎわいや熱気』(現文)。『暑熱に苦しむこと。またその暑熱』(日国)
燭影(しょくえい)…ともしびの影
詩興(しきょう)…詩を作りたくなる気持ち
岸上(がんじょう)…岸の上、川のほとり
建家(たてや・たちいえ)…建っている家、建物
品(ひん)す…品定めする、品評する。『出来具合を評価する』(現文)
白堊/白亜(はくあ)…白い塗料、チョーク
赤瓦(せきが・あかがわら)…『赤いレンガ』(現文)。『セメント製の赤色の瓦。食い合わせ式で、簡便な和洋折衷建築などに多く用いられる。転じて、安価な文化生活の称』(日精)。*1
国風(こくふう)…日本式、和風
局部(きょくぶ)…一部分
存(そん)する…残している
フロック…『「フロックコート」の略』(日精)
紋付(もんつき)…家紋の入った礼装用の和服
前垂(まえだれ)…前掛け、エプロン
憮然(ぶぜん)…驚き呆れて呆然とする
歎/嘆(たん)ず…なげくこと
沈厳高調(ちんげんこうちょう)…おごそかで落ち着いた印象の、格調高い
物質的(ぶっしつてき)...『物質に関するさま』(日精)*2
相容れざる分子…お互い受け入れられない要素
撞突(とうとつ/しょうとつ?)…ぶつかり合うこと。『突くこと。つきあたること』(日国)*3 *4
外部の刺激…欧米から文化が流れ込んでくること
人心(じんしん)…世間の人の心、気持ち
持重/自重(じちょう)…慎重に振る舞うこと。*5
激浪(げきろう)…激しい波、荒波
自ら殺さざるもの稀なり…精神を失ってしまわない人はめったにいない、ほとんどの人が外からの文化に流れてしまっている
道義(どうぎ)*6…人が行うべき正しい道、道徳。
薄弱(はくじゃく)…弱々しい、頼りない
縛(ばく)す…しばる、好き勝手な行動をしないよう制御する
根蔕/根蒂(こんたい)…『根とへた。一説に「蔕」は「柢」に通じるところから単に根をいう。転じて、物事の土台やよりどころ。根拠。根底』(日国)*7
制(せい)する…取り締まる、支配する
発露者(はつろしゃ)…(内にあるものを具体的に)表現する人
誇負(プライド)*8…誇り、自信
尊大(そんだい)…ここでは「尊厳」ほどの意味だろう*9
適(たまた)ま…ときどき、時おり
大声疾呼(たいせいしっこ)…大声で叫び立てる、声高に主張する
負(たの)む…『信頼する、期待する』(現文)
晏逸/安逸(あんいつ)…ダラダラ過ごすこと
遊惰(ゆうだ)…怠けること
渇望(かつぼう)…心から待ち焦がれる
思想家(しそうか)...『人生、社会などに対して、深く豊富な思想を有する人。哲学思想などに造詣の深い人。思想者』(日精)*10
高尚(こうしょう)…気高いこと、立派なこと
思弁(しべん)…純粋に頭の中だけで組み立てる考え
幽美(ゆうび)…奥深く神秘的で美しい
懶眠(らんみん)…ダラダラすること。『なまけねむること。のらくらして日々を無為に暮らしていること。惰眠』(日国)
具(ぐ)…手段、道具
消閑(しょうかん)…暇つぶし
器(き)…手段、道具
華美(かび)…派手なこと
卑猥(ひわい)…低俗なこと、卑しい
娯楽(ごらく)する…楽しませる
脳髄(のうずい)…あたま、頭脳
奇異(きい)…変てこ
探偵小説...『ある犯罪や事件を設定し、主人公の探偵の思考や推理、行動によって、犯人または事件の真相などを探りあてる興味を主眼とした小説。たとえばコナン=ドイルの「シャーロック=ホームズの冒険」など。推理小説』(日精)
慰藉(いしゃ)…なぐさめいたわること。*11
大言壮語(たいげんそうご)…実力以上に大きな事を言うこと
胆(きも)を破る…驚かす
作詩家…安っぽい詩人、低俗な詩人
詩人…真の詩人
艶語(えんご)…男女の色っぽい話
情話(じょうわ)…恋愛についての物語
陋小(ろうしょう)…狭苦しい。『狭くて小さいこと。醜くて小さいこと。また、そのさま』(日国)
箱庭(はこにわ)…ミニチュアの庭が入った箱。『浅い箱の中に土砂を入れ、小さな木や草を植え、庭園・山水の景を模したもの』(日国)
講(こう)ず…詩歌を読み上げる
須(すべから)く…当然~すべきだ、是非とも
十七文字(じゅうしちもじ)…俳句のこと
甘(あま)んずる…我慢して受け入れる
頓智(とんち)…とっさに出す知恵
三十一文字(みそひともじ)…和歌、短歌のこと
雪月花(せつげつか)…冬の雪と秋の月と春の花、四季折々の眺め
詩論(しろん)…詩についての理論・評論
愚癡/愚痴(ぐち)…愚かなこと、言っても仕方ないことを嘆くこと
駆(か)る…駆り立てる、突き動かす
幽遠(ゆうえん)…計り知れないほど奥深いこと
寧(むし)ろ…どちらかと言えば
湯屋(ゆや)…銭湯のこと
番頭(ばんとう)…銭湯の受付の人
裸躰/裸体(らたい)…はだかの身体、ヌード
跫音/足音(あしおと)…歩くときの音
芳年(ほうねん)…浮世絵師の月岡芳年(つきおかよしとし)のこと。*12
美人絵(びじんえ)…女性の美を強調した絵、美人画
アンコロ…あんころもち(外側をアンコで覆ったもち)のこと
珍味(ちんみ)…ここでは非常に美味しい食べ物のこと
*1:「せきが」の読みを採るのが「現文」、「あかがわら」は「日国」による読みである。
*2:『明治文学管見』物質的文明の輸入包みを決するが如く
*3:『最後の勝利者は誰ぞ』定限ある時間の間撞突なからしむるのみ
*4:なお「選集」では「しょうとつ」と当てられているが、これは透谷の手によるものではなく「現在の読者のために全く便宜上ふったもの」とされている。確かに意味の上では「衝突」の類語ではあるが、日国などのように独立した別語と考えるのが妥当だろう
*5:「自重」の表記は上の「撞突/衝突」と似た問題で、日国など区別する辞書もあるが、これは表記の揺れの範疇と見てもよいと思われる
*6:『明治文学管見』では「モーラル」とのルビが振られている。もちろんmoralのことだろう
*7:『「マンフレッド」および「フォースト」』其厭世的迷想の根蔕を固ふしたるを見るべし
*8:本来の読みは「こふ」だが、ここでは透谷自身が特別な読みを当てている
*9:本来は偉そうな態度を指すが、文脈からすると否定的なニュアンスは薄いと考えられる
*10:『各人心宮内の秘宮』真理に踏迷う思想家もなかるべからず
*11:「快楽は即ち慰藉(Consolation)なり」という一説が『明治文学管見』に見える
*12:当時の新聞などに挿絵を描いていた